ホーム その他の選挙 米国統治下の沖縄の選挙 第1回立法院議員総選挙(1952)

第1回立法院議員総選挙(1952)

投票日 1952年3月2日

党派別の勢力

党派別の獲得議席

党派/党首獲得議席得票
沖縄社会大衆党平良辰雄10150,192票(37.18%)
宮古自由党西原雅一217,839票(4.42%)
沖縄人民党瀬長亀次郎132,017票(7.93%)
宮古革新党不明114,230票(3.52%)
八重山自由党安里積千代110,368票(2.57%)
八重山民主党吉野高善17,681票(1.90%)
沖縄社会党大宜味朝徳0564票(0.14%)
無所属15171,040票(42.34%)

選挙区ごとの結果

8選挙区

第一選挙区早町村、喜界町、笠利村、竜郷村、三方村、大和村、宇検村、西方村、古仁屋町、実久村、鎮西村

定数 5投票率 86.29%有権者数 68,351人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 中江実孝無所属新人当選1回目10,796票
当選 川井順英無所属新人当選1回目9,926票
当選 肥後吉次無所属新人当選1回目7,255票
当選 勝美代治無所属新人当選1回目5,862票
当選 平川国高無所属新人当選1回目5,684票
落選 中村安太郎沖縄人民党新人5,597票
落選 浜崎要範無所属新人5,260票
落選 松原若安無所属新人4,656票
落選 福井望無所属新人3,514票

第二選挙区天城村、東天城村、亀津町、伊仙村、和泊町、知名町、与論村

定数 3投票率 91.08%有権者数 46,910人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 藤村前吉無所属新人当選1回目10,230票
当選 平山源宝無所属新人当選1回目7,842票
当選 吉岡為良無所属新人当選1回目6,015票
落選 重村一郎無所属新人5,511票
落選 上野親二無所属新人4,461票
落選 亀沢福禎無所属新人4,313票
落選 吉松軍八無所属新人3,939票

第三選挙区名護町、恩納村、金武村、宜野座村、久志村、東村、国頭村、大宜味村、羽地村、屋我地村、今帰仁村、本部町、上本部村、屋部村、伊江村、伊平屋村、伊是名村

定数 5投票率 84.84%有権者数 76,868人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 兼次佐一沖縄社会大衆党新人当選1回目12,905票
当選 山川宗道沖縄社会大衆党新人当選1回目8,585票
当選 新里銀三無所属新人当選1回目8,559票
当選 幸地新蔵沖縄社会大衆党新人当選1回目8,510票
当選 湖城其章無所属新人当選1回目8,498票
落選 知花高直沖縄社会大衆党新人7,071票
落選 吉元栄光沖縄社会大衆党新人4,268票
落選 新城徳助沖縄社会大衆党新人3,473票
落選 宮城清一沖縄人民党新人2,478票

第四選挙区石川市、浦添村、西原村、中城村、嘉手納村、勝連村、読谷村、越来村、美里村、具志川村、与那城村、北中城村、北谷村、宜野湾村

定数 6投票率 89.06%有権者数 97,733人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 当山真志沖縄社会大衆党新人当選1回目9,329票
当選 桃原亀郎沖縄社会大衆党新人当選1回目8,469票
当選 新垣金造無所属新人当選1回目8,174票
当選 天願朝順無所属新人当選1回目7,897票
当選 平良幸市沖縄社会大衆党新人当選1回目7,617票
当選 石原昌淳沖縄社会大衆党新人当選1回目7,319票
落選 喜友名朝誓沖縄社会大衆党新人7,251票
落選 城間盛茂沖縄社会大衆党新人7,153票
落選 長浜宗安沖縄社会大衆党新人6,996票
落選 仲村栄春沖縄社会大衆党新人6,541票
落選 平良文吉沖縄人民党新人4,378票
落選 喜友名朝義無所属新人2,774票
落選 奥田巌無所属新人860票

第五選挙区那覇市、首里市、真和志村

定数 3投票率 76.99%有権者数 57,440人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 瀬長亀次郎沖縄人民党新人当選1回目12,867票
当選 護得久朝章無所属新人当選1回目12,121票
当選 平良辰雄沖縄社会大衆党新人当選1回目11,023票
落選 具志頭得助沖縄社会大衆党新人4,281票
落選 仲井真元楷沖縄社会大衆党新人2,753票
落選 大宜味朝徳沖縄社会党新人564票

第六選挙区糸満町、与那原町、小禄村、豊見城村、兼城村、高嶺村、三和村、具志頭村、東風平村、玉城村、知念村、佐敷村、大里村、南風原村、渡嘉敷村、座間味村、仲里村、具志川村(久米島)、渡名喜村、粟国村、北大東村、南大東村

定数 4投票率 89.38%有権者数 68,105人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 玉城泰一沖縄社会大衆党新人当選1回目10,806票
当選 宮城久栄無所属新人当選1回目10,315票
当選 上原永盛無所属新人当選1回目8,871票
当選 佐久本嗣矩沖縄社会大衆党新人当選1回目8,674票
落選 祖根宗春無所属新人7,622票
落選 山城興起沖縄社会大衆党新人7,168票
落選 又吉一郎沖縄人民党新人6,697票

第七選挙区平良市、城辺町、下地村、上野村、伊良部村、多良間村

定数 3投票率 83.21%有権者数 38,832人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 西原雅一宮古自由党新人当選1回目10,010票
当選 与儀達敏宮古自由党新人当選1回目7,829票
当選 前里秀栄宮古革新党新人当選1回目7,341票
落選 下地敏之宮古革新党新人4,984票
落選 伊志嶺朝常宮古革新党新人1,905票
落選 松原昌英無所属新人85票

第八選挙区石垣市、大浜町、竹富町、与那国町

定数 2投票率 85.96%有権者数 21,176人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 大浜国浩八重山民主党新人当選1回目7,681票
当選 安里積千代八重山自由党新人当選1回目7,614票
落選 柴田米三八重山自由党新人2,754票

なぜ行われたか

根拠

米国民政府布令第57号「琉球政府立法院議員選挙法」(1951年12月18日公布)による選挙。琉球全体を8つの選挙区に分け、1つの選挙区から2〜6人を選ぶ中選挙区制で、議員の定数は31人(奄美8・沖縄18・宮古3・八重山2)だった。

経緯

1950年に置かれた奄美・沖縄・宮古・八重山の4つの群島政府に代わって、琉球全体を治める琉球政府が置かれることになり、その立法機関である立法院の議員を住民が初めて選んだ選挙。琉球政府は同じ年の4月1日に発足した。

その後

第一選挙区では、笠利村の選挙を無効とする判決を受けて1952年8月24日に同村で再選挙が行われ、当選人が平川国高から中村安太郎に代わった。第三選挙区では幸地新蔵議員の死亡に伴う特別選挙(1953年4月25日)で仲原英通が当選した。第四選挙区では天願朝順議員の死亡に伴う特別選挙(1953年4月1日)で当選人とされた天願朝行の当選が布令で無効とされ、1953年7月18日の特別選挙で城間盛茂が無投票で当選した。1953年12月25日に奄美群島が日本に復帰し、次の第2回総選挙(1954年)は沖縄・宮古・八重山だけで行われた。

関連するページ

注記

  • 新旧と当選回数は、このサイトで第1回から第8回の開票結果をたどって数えた値で、資料に書かれた数ではない。氏名が同じ人物を同一人物とみなして数えている。各回の「当選N回目」「当選N回」の表示は、開票時点の当落(表の当選マーク)に合わせている。一方、その回より前の当選回数と現職・元職の判定には、争訟・再選挙・特別選挙で当選人が入れ替わった分を含め、最終の当選人を使っている(例:1954年の第六区で開票時点は落選だった伊芸正新は、その回は当選回数を出さないが、後の選挙では1954年の当選を数える。1952年の第一区で開票時点は当選だった平川国高は、その回は「当選1回目」と出るが、当選が無効となったため後の選挙では数えない)。議員の死亡・失格・辞職による特別選挙・補欠選挙の当選者(1953年7月の第四選挙区は城間盛茂、1955年6月の第十八区は真栄田世勲、1966年8月の第3区は吉田光正など)も、当選として数えている(第四選挙区は4月1日の選挙で当選決定した天願朝行の当選が無効となり、7月18日の選挙で城間盛茂が無投票当選した。第十八区は1954年12月5日の特別選挙で開票時に当選した仲本為美の当選が無効となり、真栄田世勲が当選者となった)。
  • 次の選挙区の投票率は、資料に印刷された値が有権者数と投票者数から計算した値と合わないため、計算した値を載せた:第六選挙区(資料の印刷は89.24)。 党派は、琉球政府『選挙結果調』の表に欄が無いため、米国民政府の選挙報告(米国国立公文書館)の候補者別の党派・擁立区分で補った。正式な党籍を個別に確かめたものではなく、宮古自由党・八重山自由党・八重山民主党は沖縄社会大衆党の支部とする注記があるが、資料の区分のまま別の党派として載せている。出典のうち一部は資料群や付表の先頭を指しており、候補者ごとの該当ページまで確認したものではない。 年齢は資料に候補者ごとの記載が無いため載せていない。当落は開票時点のもので、その後の争訟や再選挙による入れ替わりは各選挙区の表の下または「注記」に書いた。
  • 平川国高:笠利村の選挙を無効とする判決を受けて同村で行われた再選挙(1952年8月24日)の結果、当選人でなくなり、中村安太郎が当選人となった。
  • 中村安太郎:笠利村の選挙の無効を求めた訴えが認められ、同村の再選挙(1952年8月24日)の結果、平川国高に代わって当選人となった。
  • 幸地新蔵:在任中に死亡し、1953年4月25日の特別選挙で仲原英通が当選した。
  • 天願朝順:在任中に死亡し、1953年4月1日に特別選挙が行われた。
  • 石原昌淳:1963年刊の資料の表では当選の枠が無いが、得票の順位(6位)と1969年刊の再録の枠に従い当選とした。
  • 仲村栄春:1963年刊の資料の表ではこの候補者に当選の枠が付いているが、得票の順位と1969年刊の再録の枠に従い落選とした。1969年刊の再録では「中村栄春」と表記。
  • 党派別の獲得議席:党派の区分は資料の区分のとおりで、宮古自由党・宮古革新党・八重山民主党・八重山自由党は、まとめずに独立した行にしている。
  • 党派別の獲得議席:この回の沖縄社会党(大宜味朝徳が党首)は、1958年に結成された沖縄社会党(第5回以降)とは別の区分として数える。

出典