ホーム その他の選挙 米国統治下の沖縄の選挙 第1回行政主席通常選挙(1968)

第1回行政主席通常選挙(1968)

米国統治下の琉球で、琉球政府の行政主席を住民が初めて直接選んだ選挙。1968年11月10日に立法院議員総選挙と同じ日に行われ、屋良朝苗が西銘順治を破って当選した。投票率は89.11%。

結果の要約

投票日1968年11月10日
定数1人
立候補者3人
当日有権者数515,246人
投票率89.11%

当選者

  • 屋良 朝苗(無所属) 237,643票

屋良朝苗(無所属・革新共闘会議の統一候補)が237,643票で、西銘順治(沖縄自由民主党)の206,209票を上回って当選した。投票率は89.11%だった。

候補者全員の得票・得票率を見る(琉球政府行政主席公選)

なぜ行われたか

根拠

米国大統領行政命令第11395号(1968年1月31日)が、琉球列島の管理に関する行政命令第10713号を改正し、「行政主席は、琉球住民がこれを選挙し、投票の最多数を得た者をもって行政主席とする」(ただし投票総数の4分の1以上の得票が必要)と定めた。任期は立法院議員と同じとされ、最初の選挙は1968年11月に立法院議員選挙と同じ日に行うとされた。これを受けて琉球政府は行政主席選挙法(1968年立法第75号・7月15日公布)を定めた。

経緯

琉球政府の行政主席は、1952年の琉球政府発足時は任命制で(初代は比嘉秀平)、1962年の行政命令第11010号では立法院の指名に基づいて高等弁務官が任命し、1965年の行政命令第11263号では立法院の全議員の過半数による選挙で選ばれていた。1968年の改正で初めて住民の直接選挙になった。選挙権の要件もこの選挙から、それまでの琉球住民(沖縄に本籍を持つ人)から日本国民に広げられた。選挙は立法院議員総選挙と同じ日に行われ(初めての同時選挙)、1968年10月21日に選挙期日が告示された。

その後

任期は1968年12月1日から3年とされていたが、1971年9月の行政命令第11618号で、沖縄返還協定の発効まで延長され、第2回の行政主席選挙は行われなかった。1972年5月15日の本土復帰の際、沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律第5条第2項により、行政主席の職にあった屋良朝苗は、知事が選挙されるまでの間は沖縄県知事の職にある者とみなされた。1972年6月25日の第1回沖縄県知事選挙で、屋良朝苗が当選した。

出典

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