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群島知事選挙(1950)

米国統治下の琉球で1950年に、奄美・沖縄・宮古・八重山の4つの群島政府の知事を住民が選んだ選挙。沖縄群島は平良辰雄、宮古群島は西原雅一、八重山群島は安里積千代、奄美群島は中江実孝が当選した。

群島別の結果

沖縄群島

投票日 1950年9月17日投票率 88.55%有権者数 277,795人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 平良辰雄158,520票
落選 松岡政保69,595票
落選 瀬長亀次郎14,081票

宮古群島

投票日 1950年9月17日投票率 89.19%有権者数 37,133人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 西原雅一17,069票
落選 前里秀栄15,818票

八重山群島

投票日 1950年9月17日投票率 91.39%有権者数 21,739人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 安里積千代10,097票
落選 吉野高善9,707票

奄美群島

投票日 1950年10月22日投票率 87.26%有権者数 119,813人

開票結果(結果・氏名・得票・得票率)
当選 中江実孝60,936票
落選 笠井純一42,268票

なぜ行われたか

根拠

米国軍政府の軍政府布令第19号「群島知事及議会議員選挙法」(1950年7月10日公布)による選挙。群島政府の組織は軍政府布令第22号「群島政府組織法」が定め、群島知事の任期は4年とされた(同布令第8条第1項)。

経緯

米国統治下の琉球では、奄美・沖縄・宮古・八重山の4つの群島ごとに群島政府を置くことになり、その長である群島知事を住民の選挙で選んだ。沖縄・宮古・八重山の3群島は1950年9月17日、奄美群島は10月22日に投票が行われた。4群島とも定数1で、沖縄群島は3人、ほかの3群島は2人が立候補した。沖縄群島は平良辰雄、宮古群島は西原雅一、八重山群島は安里積千代、奄美群島は中江実孝が当選し、1950年11月に4つの群島政府が設立された。

その後

1952年4月1日、米国民政府布告第13号により琉球政府が発足した。沖縄群島知事の平良辰雄は、1950年10月に結成された沖縄社会大衆党の委員長になった。八重山群島知事の安里積千代は、1970年の国政参加選挙で衆議院議員に当選している。

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注記

  • 候補者の年齢は、結果の資料に記載がないため載せていない。
  • 有権者数は同書の表の見出し(「有権者数」)のとおりで、当日の有権者数か選挙人名簿の登録者数かは書かれていない。
  • 奄美群島の投票日は、『選挙結果調』のはしがきと沖縄県公文書館の年表では1950年10月15日とされているが、同書の結果表の見出しと、当時の新聞(1950年10月21日付の奄美タイムス「あすは知事選挙日だ」)により10月22日とした。

出典